こんにちは、優です。
もうこのブログは私が愚痴を吐き出すためだけの場になっている。
はい。
もうこの際だからとことん言う。
友人が出演しているくそつまらない演劇を観に行くのはもうこりごり。
学生時代から仲良くしている友達が数年前から小さな劇団の演劇に出演するようになった。
友達も頑張って稽古してるみたいだし最初の内は私も楽しみにして見に行ってた。
でもそれは「演劇自体を楽しみにしている」というより
「頑張ってる友人を見に行くのが楽しみ」みたいな。
親が子の運動会を楽しみにしているような感覚だ。
それで見に行ってたんだが、どうも演劇自体はたいして面白くはないことに気が付いた。
というか、正直内容によっては気分が悪くなることもしばしば。
なんだろう、ここの劇団の劇はなぜかいつも登場人物がみんな病んでいる。
これが一番の要因であろう。
他の演劇を観たことがないので何とも言えないけど、多分この劇団のコンセプト?というか作風が結構
・登場人物みんな病みがち
・同性恋愛しがち
・登場人物の誰かが自殺しがち
・登場人物の誰かが事故に遭いがち
・登場人物の誰かが過呼吸になりがち
・登場人物の誰かが失恋しがち
・登場人物の誰かの大切な人いなくなりがち
など、そんな感じで決してさわやかではない人間模様みたいなのが描かれがち。
こういう作風なのだろう。
小説でも映画でもこういうのはよくある。
わたしがこういう作風が苦手なのもあると思う。
にしても。
にしても劇を見た後の気分の悪さは尋常じゃない。
なんなら見に行けばいくほど気分が悪くなる。
そして気づいた。
私の気分を悪くさせているのは演劇の内容だけではない。
例えば、この劇団の主宰の人、同性愛者らしいのだ。
いやいや同性愛者だからって何かを批判したいわけではない。
それが悪いとは一切思わない。
ただ。
同性愛者の主宰の人が「同性愛者の主人公がノーマルな人間にめちゃくちゃに傷つけられ、しかも死ぬ」という内容の演劇を作ったこと。
この劇団の演劇の一つでこういう内容のものがあったのだ。
身バレ怖い。
この内容の作品に、どこか「同性愛者は理解されにくくてこんなにもつらい思いをしているんだ。かわいそうだろ。」という主宰の想いが伝わってきた気がした。
こんなにつらい思いをしているんだって言われても、
これ、フィクションでしょ?
同性愛者がつらい思いをする作品をわざわざ作ったのはお前だろ?
お前が実際にそういう思いをして死んだ経験でもあるのか?
お前生きてんだろ。
しかもその作品の中でノーマルの人は周りの人にめちゃくちゃ責められてて全然救われてなくてただの悪者になって終わったのも納得いかなかった。
その作品は登場人物の誰も幸せにならない、めちゃくちゃバッドエンドみたいな感じで、見ているこっちとしてはとても胸糞の悪い作品だった。
この作品に金払って観に来てるこっちの身にもなれ。
同性愛をするのは構わない。
もちろん理解されないのは辛いことだと思うし、つらい思いをしている人はきっとたくさんいるよ。
でもさ
終わった後めちゃくちゃ満足そうな顔で「今日は見に来てくれてありがとうございました!皆さんのおかげで私たちは演劇を続けることができてます!!」みたいなことを言ってるのが、こちらとしては「・・・。」って感じ。
めちゃくゃ自己満足してるじゃねえか
見てるこっちは作品を見て気分が悪いのにその上
こっちの気も知らないでめちゃくちゃ自己満足しているのがなんかもう・・・
お前らが楽しいだけだろ?
そして何よりも苦痛なのが
演劇終了後の出演者との交流タイム。
小さな劇場では演劇終了後に出演者と会話できる時間がある。
その時間で呼ばれた知り合いや家族は出演者に
「すごい良かったよ!」「面白かったよ!」
などと感想を述べたり差し入れを渡したりする。
私も当然、その時間に友人のもとへ行き
本当は全然良くなかったのに「よかったよ~!」とかいう。
嘘はできるだけつきたくないので私はなるべく演劇自体の内容には触れないようにして
あくまでも友人の演技に対して感想を述べるようにしている。
そして出演者たちは案の定めちゃくちゃ満足そうな笑顔で「ありがとう~!実は今回の役結構難しくてさ!」とか言ってる。
なんだろう。私はこの時間が最も苦手。
結局楽しく稽古して、楽しく演劇して、しかも「同性愛者は辛いんだぜ」って主張も堂々とできて、見に来てくれた人に褒めてもらえて、注目してもらえて
お前ら気持ちいいんだろ?
オナニーしてんじゃねえよ。
お前らのオナニーに客を使うな。
なにが楽しくてお前らのオナニーに金払うんだよ。
そりゃ気分も悪くなるよ。
だから友人の出演する演劇を観に行くのはもうこりごり。
終わり。